取調べ室のような面談

今日はさっき行って来た職安の面談について報告レポートを。

何しろ超気分悪い状況でしたので、

ここでも早速ご紹介しようと思います。

Pôle Emploiは午前中は自由入館で予約無しでも相談したり資料を見たりパソコンで仕事を探したりもできるので結構混んでいました。またグループで研修や説明会を受ける人達が何人も待合にいたので「わあ、すごい」と。

私の予約時間は9時10分だったので9時ごろ行ったにもかかわらず呼ばれたのは9時20分ごろ。恐らく前の人に長時間かかっていたのでしょうね。

呼ばれて行ってみると、担当は感じ悪そうなもう60過ぎだとは思うオヤジさん。後で考えてみると先日登録に行った際のあの感じ悪い男性と同一人物だったのかも。

通常は普通に<オジサマ>と持ち上げるのですが今回は出来ません、オヤジさんならまだいい方だと。
というか、この人もうそろそろ引退してもよさそうよ。(後でパソコンに入力しているの見てるとキーボードに触れるのは指2本だけで雨だれ式。おいおい毎日やっているのにこのザマ?)

目次

まるで警察の事務所みたい

第一印象が悪感度100%だったのですが、オヤジさんの机のあるブース(部屋ではなく仕切りだけ)に入った後着席するなり、
「まずアンタのこれまでの履歴を話してもらおう」
と。
でも既にパリでの職歴や以前ちょこっと登録していた事などすでにもうデータに入って画面を見ると一目瞭然なのに何をそんな非能率なことを・・・・・、とは思いましたが、一応「まずフランスに来てリヨンで一度職探しをしましたがうまくゆかず、職安の求人では埒が明かないので(←ここを強調した)自分で職探しをしてパリに行きました。そこで13年半働いた後主人がリタイアしてこちらに住むし会社も業績不振で私をクビにしたがって
いたので話し合い後、辞めてこちらに来ました・・・」
と説明したところ、
「年末に到着して2月まで何していたんだ?」
「会社の業績が徹底的に悪く事実上は解雇と同じ形になったのでショックから立ち直れなかったし、引越しで環境が変わった疲れもあったし・・・」
と説明してもまだ納得がいかない風。

もう少し付け加えて滞在許可の住所変更が終わるのを待っていたとも説明しても良かったのですが、このオヤジはほとんど外人の滞在許可云々については知らないだろうと考えて止めました。

その後
「どうしてパリからこっちに来た?」
と言うのですが普通だんなさんが引っ越したら付いてゆきますよねえ。それで
「だから説明した通り主人がリタイアしたので・・・」
「どうしてパリに残らなかった?」

全部説明するのは馬鹿馬鹿しくこのオヤジでもわかりそうな理由だけ説明することに。

「ですから、パリでは生活費が高くつくし、第一アパートなど買えません、借家人で居たらいつ大家の都合で追い出されるか・・・」
もういい加減にしなよ、とこちらもついけんか腰に。

時間がもったいなかったのか、この話題なら理解できたのか、上の前半だけ聞いてやっとその手の質問はここで終了。

本当は
「別居となったら次回の滞在許可証の更新に問題が生じる可能性があるので」
とも言ってみたかったですが、なにせ世界が狭い人達のことなのでこの理由もまた説明の必要があるかも知れませんでしたね。

こんなにウルサク聞くのはきっと失業手当をもらってのんびりと仕事探しも何もしない人達がいるからなのでしょうが、それはわかりますが、ねえ。

隣のブースでも堪忍袋の緒が切れた女性が「それだから私は辞めた、って言ったでしょう!」
と声を荒げているのが聞こえました。きっと私のすぐ後に待合室に到着した50歳台ぐらいのきちんとした感じの女性だと。私と同じ様な状況でねちっこく聞かれたに違いありません。

15年前が<来たばかり>とは・・・

その後、前もってサイトから入力してあった内容をもう一度確認し、持っていった履歴書の内容を見ながら向こうで書類作成、というかもともとシステムに登録してある語句をコピペする作業がほとんど。一応仕事探しの登録が終わったようで、次回の来所については

1)3月7日の午後、職探しの仕方について研修(アトリエ事業)。
この内容については「研修だよ」とのことですぐ了解でした。

次にまたキーボードを雨だれのごとくぽつぽつやりながら、

2)明日3月2日にまた来るように、とのことだけど理由と内容についてはむにゃむにゃ・・・て感じ。なんのために、と画面を見るとprestations(=職安のサービス内容)についての説明会とのことでした。はっきり言えよね。その後で職安についてのパンフを出して来たので、オヤジは何も指図はしないけど、明日はコレを持参した方がいいなと、身構えました。

実は明日セキュリテ・ソシアル(社会保険事務所)へ身分状況変更を出しに行こうと思ってたのですが、まあ、いいや、あさって以降にすることに。

そして明日の招待状や来週の研修の案内+本日の受付完了の証明みたいなチラシを何種類ももらって帰宅後よくみたら、受付完了書類に大文字で

<あなたはフランスに来たばかりですがスペインで4年間先生の勤務経験があります。あなたは受付や事務、其の他フランスに溶け込むため有効と思われる仕事を探しています>

と書いて有ります・・・!15年前にフランスに到着したと書類を作るちょっと前にオヤジに言ったはずだけど。
それにデータにも入力があるし。15年前が<来たばかり>と形容できるとは、このオヤジの時空概念には恐ろしいものがあるというもの。と、いうか真面目に各自のデータ経歴なんて見てないし本気で確かめようともしてないことがまるわかり。

別にもらった文書には27年間も受付業務の経験あり、と入力されている!!! こんなこと言ってもないし見せた履歴書にも書いてない。

もう、既にここの職安の職員のレベルにはこれで2回目の失望をさせられたのでした。
*前回はガムをくちゃくちゃ噛みながらの対応だったものね・・・。

追加: チェチェン人に間違われたのは初めて

もうひとつおまけにすごくびっくりした事が。

最初の方でどこから来たのかという話になった時、チェチェンか、と聞かれました。

あんた中国人だよね、と言われると思ったのですが予想に反してそんな事聞かれたのは生まれて初めてなので
びっくりして否定、なぜそう考えたか理由を問いただすと、

「名前(ダンナの苗字での登録名になっています。セキュリティ・ソシアルの番号を作った場合自動的に慣習からかもともとの日本名ではなくそちらの苗字で登録されてしまったので職安にもその苗字で登録になっています。)を見た時、チェチェン人だと思った」

・・・・あ、きれました。じゃない、呆れました。この名前のどこがチェチェンなのだろう、私はチェチェンの名前などよくわからないけどこの名前は全く違う系統だということは確かです。

「いいえ、違いますけど!」と、私。(もう既に頭に来ている)
「あ、そう。じゃ、違うんだ」
「は?主人は名前は外国系ですが生まれつきのフランス人ですよ。それにチェチェン、って何ですか?」(まったく知らない振りして説明を求めてやったのです)
「・・・・・」(答えられない、要するに具体的にチェチェンとは何か知らないで言っている)

このオヤジも後で書類作成担当者名を見たら苗字は外国系だったんですよ、そう、ヤツも移民の子孫なのだ。
チェチェン人って確かイスラム教徒でロシアではテロ活動も多く起こしているのでオヤジにして見れば嫌いな連中なのだろう。(でも何なのか説明は出来ない)

そしてその後私が日本から来たことがわかったら突然に態度が軟化、東京でフランス料理店をやっている日本人
のトモダチがいるんだ、とか言い始めました。そんなこと私にはどうでもいいことでしたが適当に相槌を。もうこのオヤジと遭遇するのは今回限りにして欲しい、そう思って職安を後にしたのでした。

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